報告書等

今後の大学における情報環境の整備のあり方に関する提言について

 大学ICT推進協議会では、目まぐるしく変わるICTテクノロジーの中、今後の大学における情報環境の整備のあり方に関する提言を行うため、大学デジタルトランスフォーメーション・タスクフォース(大学DXTF)を2020年3月に設置し検討いただくことといたしました。

 このたび、大学DXTFから提言(案)が提出され、去る2020年12月10日に開催されました当協議会の理事会におきまして提案どおり以下のとおり承認されました。当協議会といたしましては、今後、提言に記載された各事項の実現に向けて各種アクションを実施したいと思いますので、関係各位におかれましては本趣旨をご理解いただき、ご支援等を賜りますようよろしくお願い申し上げます。

 

大学デジタルトランスフォーメーション検討タスクフォースの活動報告

調査審議事項

 教育・研究を根幹とする大学は、その業務の共通性から業務集約・協働化を進めることによりICTの持つスケーラビリティ(規模の拡大と効率化)を持つクラウド時代にふさわしい新しいデジタル環境に移行することが比較的容易であると考えられるが、予算削減・人員削減をはじめ、国立大学の法人化、競争的資金による国費の配分など、断片化を促進する政策の連続により疲弊するとともに、情報環境の安定性・信頼性の観点から新しいことに挑戦する余力がなくなり、大学の情報環境に携わる組織・人材はコストセンター的位置づけで停滞している。この状況を打開するためには、学術研究投資の1割程度を教育・研究のためのデジタル環境整備に投資する等、抜本的な改革を行うことで共通業務の集約・協働化を進め、クラウド型共有サービスを開発・構築・運用を行うとともに、先端的な情報技術をリサーチし、その利活用を促進するリサーチエンジニア等、これまでの研究者の評価尺度ではなじまない若手情報系人材の育成・キャリアパスを含む抜本的な改革「大学デジタルトランスフォーメーション (大学DX)」が必要である。北米の大学においても、 “The Road to Digital Transformation” として喫緊の課題として認識されている。我が国においても、産業界を中心にデジタルトランスフォーメーションの必要性が語られており(*1)、大学としても、研究データマネジメント、エビデンスに基づく教育学習改善、さらには、情報セキュリティ強化等、我が国の大学を取り巻く重要課題の大学への投資を上手く誘うことで重層的に取り組む必要がある。

 そこで、大学ICT推進協議会会長の下に、「大学デジタルトランスフォーメーション検討タスクフォース」を設置し、第6期科学技術計画立案にむけた大学DXのあり方を検討・提言する。

タスクフォース構成

顧問
  安浦寛人*(大学ICT推進協議会名誉会員,九州大学前理事・副学長)
主査
  梶田将司* (京都大学情報環境機構IT企画室・教授)
構成員
  重田勝介 (北海道大学情報基盤センター・准教授)
  田浦健次朗* (東京大学情報基盤センター・センター長)
  山地一禎 (国立情報学研究所オープンサイエンス基盤研究センター・センター長)
  中村素典 (京都大学情報環境機構IT企画室・教授)
  尾上孝雄 (大阪大学・理事/副学長/情報化統括責任者)
  岡村耕二 (九州大学情報基盤研究開発センター・センター長)
* 文部科学省科学技術・学術審議会情報委員会専門委員

活動記録

2020年3月10日
  第78回理事会において提案、設置了承。
2020年3月10日
  第1回会合(オンライン)
2020年3月30日
  第2回会合(オンライン) ※以後、コロナ感染症対策に伴うオンライン授業対応の業務過多のためしばし休止。
2020年8月25日
  第3回会合(オンライン)
2020年9月7日
  第4回会合(オンライン)
2020年9月14日
  第5回会合(オンライン)
2020年10月1日
  第6回会合(オンライン)
2020年10月27日
  第7回会合(オンライン)
2020年12月2日
  第8回会合(オンライン)
2020年12月7日
  第9回会合(オンライン)
2020年12月10日
  年次大会企画セッション、CIO部会パネルディスカッション、第83回理事会において提言最終案了承。

提言:多様な教育研究活動の高度化を支える大学ICT基盤の集約化・共通化・協働化〜コロナ時代における大学のデジタルトランスフォーメーションに向けて〜 (PDFダウンロード)

 大学における情報環境は、1970 年代の大型計算機の導入に始まり、1980 年代には汎用機による情報処理教育の利用へと展開した。そして、1990 年代には爆発的に普及したインターネットを教育研究活動に活用するための整備が始まり、2000 年代に入って大学におけるミッションクリティカルな情報基盤へと成長した。こうした歴史的な経緯の中で、大学の情報基盤系センターや情報系本部組織が、全学的な情報環境整備の中核を担うようになり、情報通信技術(ICT)利活用の実践や経験を共有する場として、2010 年12 月に大学ICT 推進協議会が設立された。

 全学的に必要とされる情報環境の整備は、ネットワーク基盤の有線から無線へのシフトや、サーバ基盤の仮想化・クラウド化など、目まぐるしく変わるテクノロジへの対応が迫られている。また、スマートフォンやタブレット等の登場によりユーザ利用環境が大きく変わるとともに、その技術や利用できるサービスが更新されるスピードも増している。そのため、情報環境の陳腐化を避けるためには、定期的な設備更新にとどまらず、継続的な機能向上と増大するユーザサポートへの対応が求められている。しかしながら、学生数の減少による収入減や、高等教育機関に国から配分される資金は漸進的な削減が続くという状況の中、大学の情報環境整備は人材・予算の両面において危機的な状況に陥っている。

 特に、専門的知識を持った人材が必要とされる情報環境整備において、それを担うべき若手教員や専門家の不足は著しい。現場では、日々発生する情報セキュリティ脅威への対応に追われるうえ、ICT革新への追従の遅れや、ミッションクリティカルな情報環境を研究開発の対象とすることへの制約により、知的好奇心に溢れた若手教員や専門家が参加したいと思える魅力的な職務を与えられていない。また、情報環境の整備という大学運営にとって重要な課題に取り組む教員や職員に対し、適正な評価とキャリアパスが与えられていない。優秀な人材確保への活路が断たれた現状は、将来の教育力や研究力の弱体化を、自ら導いていっていると言っても過言ではない。新型コロナウイルスへの対策として大学運営におけるICTへの依存が急速に高まり大学におけるデジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation,以下「DX」という)が本格的に始まろうとしている。その中で、我々はこれまでの情報環境整備の限界を乗り越えるためのパラダイムシフトを必要としている。

 その鍵は、ICT のスケーラビリティを効果的に活用する新たな仕組みへの脱皮を進めるための「集約化」「共通化」「協働化」である。本提言では、コロナ禍を克服した2030 年の大学情報環境を見通しながら、各大学および我が国の学術情報基盤整備に関わる政策立案者が大学情報環境の集約化・共通化・協働化を推進し、これからの大学DXを推進するための人材育成と大学情報環境整備のあり方を提言する。

2030年における大学情報環境

 教育研究活動の多様化と高度化のため、縦割り化しやすい大学組織において、ICT 基盤を学内・地域内・国内の様々なレベルで集約化・共通化・協働化すべきである。また、集約化・共通化・協働化による効率化の結果として生み出される新たな人的・財政的なリソースを,共通課題に共同で投資できる仕組みづくりが必要である。これにより、現在我々が直面している限界を打破し、大学情報環境整備の新たなパラダイムを目指すべきである。以下では、「2030 年の大学情報環境」を未来予想図として記すことで、我々が目指すべき未来とその展望を述べる。

2030年の大学情報環境

1. 運営母体としての大学間協働事業体:
 情報環境整備の集約化・共通化・協働化が実現され、その運営母体としての大学間協働事業体が地域別・機能別に運営されている。各大学が提供するサービスは、国立情報学研究所が提供する全国レベルでのサービスに加え、民間企業が提供するサービス群ともオープンスタンダードに基づいて連携可能である。利用者は主体的に必要なサービスを取捨選択でき、効果的に活用することができる。
2. 大学経営における柔軟な情報戦略:
 変化の激しい時代に即応するためには、自学の情報環境の現状とその上で行われている教育研究活動を正しく把握し、あるべき姿を常に戦略的に描くことが求められる。各大学ではエンタープライズアーキテクチャなどの考え方を採用し、組織全体のICT環境や係る業務を共通化している。得られる知見やデータは、大学の戦略立案に活用されるとともに、大学間で相互参照しながら改善に向けた議論の場が整備されている。
3. ICT 人材・キャリアパスの多層化:
 大学間だけでなくICT に係る民間企業との人材環流が進み、従来にはなかった博士号を有する「リサーチエンジニア」と呼ばれる新しい職種が生まれている。各大学のICT基盤を支える人材がより豊富な経験を積み大学間で知見を共有し、国内外の研究開発コミュニティとも繋がった結果、大学全体のICT環境の改善が継続的に推進されている。CIOやリサーチエンジニアだけでなく、利用者支援人材を含むICT 環境整備に必要となる様々な人材ポートフォリオが整備されている。その結果、大学や企業を渡り歩きながらキャリアアップする組織的に裏打ちされたキャリアパス等、多様な人材が育成されるキャリアパスが形成されている。
4. 国際通用性の担保:
 国際的なオープンスタンダードとオープンソースの活用は、複雑化するクラウド時代において、インテグレーションコストを抑えるとともにシステム間の効果的な連携を実現するために不可欠な方策として情報戦略から具体的な実装まで浸透している。大学の情報環境整備における様々な問題や改良は、オープンスタンダードやオープンソースにフィードバックされ品質や機能向上に貢献している。日本の大学情報環境は諸外国から高く評価されるようになり、人材交流も活発化し、さらに大学情報環境の国際化が進むという好循環が形成されている。

各大学への提言

 先進諸国と比べて相対的に低い大学・大学院進学率や、論文数などに見られる研究力の低下、高等教育への政府支出の低さと家計負担の重さ等、我が国の高等教育は多くの課題を抱えている。これらに加え、地球規模の環境問題、所得格差の拡大、GDPの伸びの低迷等の山積する社会的課題も踏まえ、各大学は10年後を見据えた次のアクションを今すぐに執るべきである。
(情報戦略立案)
 教育や研究だけではなく、それらを支援する業務も含めた高度化と効率化には、教職員・学生・研究者および教育プログラムや大学の執行部等のステイクホルダからの要求に即した情報環境の整備が不可欠である。現在のコロナ禍において、その重要性は大学の規模に関係なく増しているが、将来を見据えた具体的な計画や行動に繋げていく必要がある。人的リソースを有する大学が先導し、以下の事項を含む2030 年に向けた情報戦略とロードマップを策定し、必要なエビデンスとともに各大学と共有すべきである。
  • ネットワーク基盤戦略(大容量化・無線化等)
  • クラウド戦略(プライベート・パブリッククラウド利用等)
  • アクセス・アイデンティティマネジメント戦略(認証基盤等)
  • 情報セキュリティ戦略(ゼロトラスト対応等)
  • オンラインコミュニケーション戦略(音声通話等)
  • 業務システム戦略(人事給与・財務会計システム等)
  • データ活用支援戦略(研究データ、教育データ、大学経営データ、環境センシング省エネルギー、高等教育政策へのロビーイング等)
  • 教育学習支援システム戦略(LMS・教務情報システムの改善、教育プログラムとの連携による教育改善・教材開発・ICT人材育成等)
  • エンドユーザアクセス戦略(端末のBYOD 化・仮想化等)
  • ICT に係る人材育成戦略(リサーチエンジニアの導入、スタッフデベロプメントの強化等)
  • 研究支援システム戦略(HPC、AI、IoT等)
(集約化・共通化・協働化)
 情報戦略の立案に際しては、ICT 基盤・システムだけでなく、人的資源・開発・運用等も含めた様々な側面で集約化・共通化・協働化を具体化すべきである。大学間での協働事業体という枠組みの構築を念頭に他大学との連携を強化すべきである。
(オープンスタンダードやオープンソースソフトウェアの推進)
 集約化・共通化・協働化に向けた青写真として、組織全体のICT環境や係る業務の共通化を実践し、大学間で共有しつつ、オープンスタンダードやオープンソースソフトウェアの開発・利活用への参加と知見の共有を推進すべきである。
(大学経営へのインパクト評価)
 情報戦略の立案においては、その拠り所となる大学経営へのインパクトを測るための大学間で基準となる評価軸を設けるべきである。評価軸の設計自体を商用サービスに頼るのではなく、大学間で知恵を出し合いながら、共通の指標を考案すべきである。各大学は、それに基づく自己評価のもと、長期的な財政投資計画の立案を行うべきである。
(サービスポートフォリオの作成)
 情報戦略に基づいたサービスポートフォリオを毎年作成し、各サービス・システムがどういう状態にあるのか、戦略・ロードマップに従って評価すべきである。その結果は、学内外のステークホルダと共有すべきである。
(人材強化とキャリアパス)
 情報環境整備に係る人的資源への投資を強化すべきである。ジェネラリストとしての一般職員とは区別した長期的な人材育成ができる「リサーチエンジニア」を新たな職制として確立し、大学全体としての情報環境の継続的な革新のために、他大学と共同でキャリアパスを整備すべきである。

我が国の学術情報基盤整備に関係する政策立案者への提言

 10年後を見据え、国は次の方策を今すぐに執るべきである。

(専門家のキャリアパス創出)
 クラウド時代においては、パブリッククラウドと各大学の学内システムを効果的に組み合わせたシステムインテグレーションが重要となる。そのためのオープンスタンダードやオープンソースソフトウェアの開発に貢献でき、実装も行える国際通用性のある若手リサーチエンジニアのキャリアパス創出と人材育成を行うべきである。そのような人材の大学間・産学間・官学間での人材流動が進むよう、待遇および制度を全国的に設計する必要がある。そして、こうした人材が自由闊達に研究開発に参画できるように、大学の情報環境をテストベッドとしても利用できる予算を確保すべきである。
(共通基盤開発体制の強化)
 クラウド技術の活用は、IaaS レベルから PaaS・SaaS レベルに進展してきており、さらにパブリッククラウドと各大学の有するプライベートクラウドとのハイブリッド化を推進する必要があることから、自らのニーズを知る大学や学術界の深い関与なく推進することは困難である。そこで、国立情報学研究所やICT技術に係る協働事業体等の大学横断的組織を強化し、そこに世界の動向に明るく技術的にもレベルの高いシステムインテグレーションが可能なリサーチエンジニアを配置・育成し,集約化・共通化・協働化を政策的に促進することが重要である。
(最先端設備の産学間共同開発の実現)
 現在の学術情報基盤は大規模・複雑化しているため、その開発や運用には産業界との連携が必須である。 しかしながら、調達行為を伴う場合、現在の産業界との連携はもっぱら発注者(学術機関)、受注者(産業界)という片務的な関係に制約されている。ニーズを知り、将来の学術情報基盤の姿を設計する学術機関と、開発、実装、保守、運用力を持つ産業界との真の協働関係が築けていない。その背景には、調達方式(総合評価)の制約により、既存製品を組み合わせた以上の、ニーズに合わせたカスタマイズ、ましてや新しい技術の共同開発やその失敗のリスクを伴うような調達は行い難いという事情がある。このような現状を打破し、大規模な調達や運用に伴って新技術の開発を産学連携で行える調達制度やICT協働事業体のような新たな学術情報基盤整備の枠組みを築く必要がある。
(安定的な予算の確保と柔軟な執行の実現)
 学術情報基盤整備に係る、安定的な人材確保と研究開発への投資は、その費用対効果を最大化する。大学運営の根幹となる学術情報基盤整備に係る予算を安定的に担保できる枠組みを構築すべきである。国からの補正予算についても、設備等の整備だけに使途が限られているようでは、クラウド時代のICT環境整備に適切に対応できない。その原因は、予算的制約と調達すべきものとの不整合に起因する。単年度予算の場合でもパブリッククラウドの調達や研究開発のための業務委託契約を予算年度を越えて行えるよう、新しい予算執行の枠組みを提供すべきである。
(情報環境格差是正のための投資強化)
 各大学の自助努力だけでは、ICT 環境格差は拡大するばかりである。限られたリソースをうまくコーディネートし、大学間のICT 格差を是正できる学術情報基盤整備に向けた体制作りを国家レベルで先導するための投資を強化すべきである。その方策としては、大学情報環境の集約化・共通化・協働化が推進されるように、共同利用施設への個別投資だけでなく、大学共同利用機関への重点的な投資が必要である。

以上。